レポート 古川 勝矢


快晴のロザモタ広場。
目が覚めたのは午前6時00分。
すでに日は昇り、宿舎になっている愛車のウィンドウ越しに、
たぶん午前7時スタートの「修験者コース」に出場すると思われるランナーのアップ動作の光景が飛び込んできた。
同時に「そうだ、俺今日トレランレースなんだ…。」
昨日寝る前に飲んだ500mlと350mlの第3種リキュールの空き缶をボーっと見つめながら現実に引き戻された。

初めてのトレランレース。
これまで何度か近くの山に行って登ったり下ったりしていたが、
本格的なレースは初めてだ。
私は午前8時スタートの「フォレストコース」という部門に出場して19km(累積標高1,460m)を走る。制限時間は5時間だ。
ちなみにもうひとつの部門「修験者コース」は39km(累積標高3,300m)を制限時間10時間30分で走りきらなければならない。
何も知らない私はレース後「フォレストコース」を初心者コースという認識で頭にインプットしていた自分を罵倒することになる。
フォレストコース図

受付を済ませ、ビーチサンダルで会場の広場をウロウロする。
福岡のスポーツショップが出店を出して、トレラン用のグッズをたくさん並べているので覗いてみることにする。
シューズ、バックパック、ウェアなどなど。
のどから手が出るくらいほしくなる品ばかりが絶妙な配置で並べてある。
それらの中から私は、アミノ酸入りサプリ150円を2個買った。
良い買いものができたので満足。


スポーツショップの横にコーヒーショップの店が出ていたので、珈琲好きの私はモーニングコーヒー(300円)を注文することにした。
夫婦とおぼしき男女二人のスタッフがもてなしてくれた。
豆を挽くところからつくってくれるので、時間はかかるが味は良い。

そんなこんなでグズグズしていたら、「修験者コースのスタート5分前です。」という放送が。
「おぉ、見学しなきゃ。」とスマホをもってスタート地点へ。
ほどなくカウントダウンが始まってスタート。
250人ほどの老若男女(はいなかった)が勢い良く飛び出していった。
みんな最高の笑顔だ。
「かっこいいなぁ~!」思わず口ずさむ。


修験者たちがスタートした後も私はグズグズしていた。
相変わらずジーパンをはいてビーチサンダル姿でウロウロする。
トイレに行ったり、広場の周りを見学したり。
他のみんなは、ウェアに着替えてアップしたり、ストレッチしたりで準備に余念がない。
なのに私はウェアにゼッケンもまだ装着していない。
私はレースの直前はいつもこんな感じだ。
無意識にレースという現実から逃避しているのだと思う。
レース前のあのピリピリした雰囲気がイヤなのだ。できれば逃げ出したい。

スタートまで30分を切って、さすがに準備にとりかかった。
しかしゼッケンを装着しようとして、本来4個あるべきピン止めが2個しかないことに気がついた。
車内を探したが見つからないので上部2箇所を止めてよしとした。(このことで、のちに後悔することになる)

スタート5分前からアップを始めた。
他のみんながスタート地点で待機しているのに、私は広場の外周をトコトコ走る。
「スタート前30秒です!」という放送を聞いてから、250名のランナー達の最後部についた。
「プゥォ~~~ン」という変なラッパのような音とともに、老若男女(私も含めて数人のがいた)がいっせいに駆け出す。

スタートして約1.5kmは登りの舗装路だ。
長いレース、ここで飛ばすのは得策ではないと考えていたので、
明らかに肥満と思えるランナーや同年輩と思われる方と並走して走る。
しかしなかには、すでに歩き始める猛者もいてそんな私もさすがに驚かされた。


朝の清々しい空気を思い切り吸って気持ちよく走るなか、少し強い風が吹いた次の瞬間それは起こった。
上部2箇所しか止めてないゼッケンが、あろうことかひっくり返って、ゼッケン下部の部分が私の鼻を直撃。
痛くはないのだが、その後少し強い風が吹くたびにひっくり返ったゼッケンが私の鼻を何度も打ってストレスの元になったのだ。
かといって、ピン止めを外してゼッケンを顔に当たらない位置まで下げるという作業をすることが無駄な時間浪費に思えたので、
そのままの状態で走り続ける選択をした。

舗装路が終わり、標高826mの郡岳(こおりだけ)の登山道入り口が見えた。
いよいよトレイルランの開始だ。テンションが急激に上昇するのを感じた。
郡岳の山頂に到達するまでに、30名ほどのランナーを抜いた。


ちょっと飛ばしすぎかなと思ったが、行ける時に行っておこうと思い直して、郡岳からの気持ちの良い下りもガンガン飛ばして多くのランナーを抜いた。
しかし今考えたら、やっぱり飛ばしすぎたと反省している。後半襲うアクシデントの原因はこの区間の登り下りでの足と体力の使い過ぎだと思えるからだ。

郡岳から遠目山までの縦走路は走りやすく気持ちが良い。
気持ちが良すぎてなにも考えずに走っていたら、約150mごとにあるはずのルート案内の目印のテープがいつまでたっても見えてこないことに気がついた。
立ち止まって先行するランナーを探すが、誰もいない。周りを見回すが、ランナーの姿は見えず一人ぼっちだ。
「あちゃー、コースロストだ。」
一番やってはならないことをやってしまった。
とりあえず、来た道を戻ることにする。

300mほど戻ってキョロキョロしてると目印のテープを発見。
そのうち、ランナーもやってきて一安心。
また迷わないように、しばらく数人のランナーと一緒に走ることにする。

春日越の分岐点から11km地点にある北河内のチェックポイントまでの下りは、ものすごいガレ場だ。
4つの沢を超えながら下るのだが、とにかく岩だらけで、またその岩が滑る。
このルートで2度転倒した。
一度目はガレ場の石に足を置いたとたんその石の基礎部分が崩れてしまった。
私はそのままズルズルと1mほど転落。
怪我はなかったが、びっくりした。
二度目の転倒は3本目の沢を渡るさい、足を置いた石がゴロっと動いて足を踏み外し沢に落ちる。
その際に右手の甲を若干負傷。
一部始終を見ていた後ろにいたランナーが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。
かすり傷程度だったので「大丈夫です。ここ滑りますから注意して下さいね。」と返した。
こういう厳しい環境のなかに身を置いていると、同じ境遇にいるもの同士の連帯感のようなものが湧いてくる。
これも、自分自身の身を守るための人間の知恵なのかもしれない。

やっとガレ場の下りが終わって、チェックポイント&エイドに到着。
チェックポイントではゼッケンに印刷されたQRコードを読み込んで通過をチェックする。
ここを3時間で通過できないと、車でスタート地点まで返される。私は2時間10分で通過した。
エイドでは給水と給食が受けられる。
私はここでイチゴ5個と、少し甘みのあるなんとか餅(正確な名前を忘れた)2切れを補給した。
長崎名物のカステラも置いてあったが、のどがパサつく気がして食べなかった。
のちにもっとたくさん食べておけばよかったと、とても後悔することになる。

トイレを済ませて再出発。春日越分岐までの登りに向かう。
スリップ止めのイボイボがつくほどの急坂のコンクリート林道が終わって登山道に入っても、そのまま、あるいはさらなる急坂が続く。
普通、登山道はつづら折になっていて急激な傾斜をさけながら高度を上げていくものなのだが、この登山道は、まさに直登。
山頂に向かってまっすぐな道が延々と続く。
もちろん歩いて登るのだが、あまりの急坂にシューズがすべってまともに歩くことすら難しい。
数十メートル歩いては休憩の繰り返し。
ここで残った体力のほとんどをもって行かれた気がする。

それでもなんとか春日越の分岐に到着。
スタッフの若い女の子の「こちらが郡岳へのルートで~す。」という可愛い声に癒されながら、最後の力を振り絞る。
遠目山から郡岳へ。
さっきの急坂と比べると天国のようなトレイルを走る。
でも本来この手のトレイルなら楽しくてずっと走っていられる気がするのだが、なにか身体が重くて楽しさより苦しさが勝っている。
少しの登りでもつい歩いてしまう。


そして郡岳に到着。
「よし、あとは下りだけだ。がんばろう。」
と気持ちを引き締め下り始めたが、何かがおかしい。
目が回るような感じがして、足元がおぼつかない。

「急な下りで気圧が変わって三半規管が変になったのかな?」とか考える。
そのうち周りがえらく薄暗く見えてきて、身体が思うように動かない。
「これは、以前にも経験した症状だ。」と思い出した。
フルになった第一回目のさが桜マラソンの38km付近でこれと同じような症状になったのだった。
”周りが薄暗くなって、身体が思うように動かせない。”
エネルギーの枯渇、いわゆるハンガーノックという症状だと後で調べてわかった。
桜の時も前半30kmまで、それまで走ったことのないようなペースで走っていて、給食もあまり取らなかった。

とにかく「このままだと転倒する。」と思って歩くことにしたが、足元がふらつく。
ついにコースの端の岩に座り込んでしまった。
頭を下げてじっと座っていた。
上からどんどんランナーが降りてきて、通り過ぎていく気配がする。
なかには心配して「大丈夫ですか?」と声をかけてくれるランナーもいるが、
声に出して応えられないから片手を少し挙げて応える。

エイドで補給したスポーツドリンクをすべて飲み干して10分ほどジッと座っていたら、
少しずつ症状が改善してきた。
立ち上がって歩き始めたが、さっきほどのふらつきはない。
しばらく歩いてから徐々に走り始めた。
それからは、歩くことなく走って下ることができた。

前半調子に乗って飛ばしすぎたこと。
エイドで充分なカロリーの補充を怠ったこと。
春日越までの直登で体力を使いすぎたこと。
これらが原因になっていたことは間違いない。

などと原因究明して反省はするが、その反省を次に生かせないサルのような性分を治さない限りまた同じことをやってしまうだろう。

ゴールの際は名前を呼んでくれる。
その後、スタッフが盛大な拍手をしてくれる。
なんだか主人公になったような気にさせてくれる。
この大会の企画運営を担当する「ユニバーサルフィールド」のスタッフはほとんどが若く、フレンドリーだ。
「いまどきの若者はすてたもんじゃないぞ。」と還暦を過ぎたおじさんは深く感心しながらゴールテープを切るのであった。


記録証をもらったあと、スポンサーであるリンガーハットのカップチャンポンとスタッフの手による心のこもったおにぎり一個のふるまいをもらって、帰途についた。
あれだけ苦しんだのに、帰る車中で考えることは帰った後に飲むビールのことばかり。
「がんばったんだから、本物のビールにしよう。」とか、「いや、近くのファミレスに行って生ジョッキ中にしよう」とか。
反省が生かされず、またやってしまう予感を感じながら、
「まぁ、いいか。そのときまた反省すれば。」と、いつもの総括で締めくくるのであった。

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2017-4-26

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